大判例

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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3132号 判決

控訴人 株式会社 ランディックス

右代表者代表取締役 古賀信寛

右訴訟代理人弁護士 鈴木孝夫

被控訴人 山田和弘

被控訴人 山田伸江

右両名訴訟代理人弁護士 竹久保好勝

大南修平

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

主文と同旨

二  当事者の主張

控訴人において、相殺の抗弁(原判決五枚目表九行目から同裏一〇行目まで)を撤回し、また、被控訴人らにおいて、本件手付金七七〇万円は共同の買主として支払ったものであると述べたほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

なお、以下における関係者、物件その他の略称は、原判決の例による。

三  証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実(控訴人と被控訴人らとの間で本件売買契約が締結され、被控訴人らが手付金七七〇万円を支払ったこと)は、当事者間に争いがない。

二  右請求原因1の事実、請求原因2のうちの当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

控訴人は、昭和六二年一一月中旬ころ、神奈川県茅ヶ崎市内のパシフィックホテルにおいて同月一九日から二四日までの間不動産大バザールと称する不動産売買を行うこと及びその対象となる本件土地建物を含む三〇件余りの物件等を記載した本件チラシを頒布して宣伝した。本件土地建物の面積は、実際には、本件土地が九九・一七平方メートル、本件建物の延床面積が六七・五〇平方メートルであるが、本件チラシには、本件土地の面積が一一五・六七平方メートル(道路用の土地の持分面積を加えたものに相当する。)、本件建物の延床面積が九九・〇〇平方メートルと記載されていた。

被控訴人らは、本件チラシを見て、予算約三〇〇〇万円の範囲内の二、三の物件を目当てに一一月二一日右会場に赴き、控訴人の社員の岡崎から説明を受けたが、話がまとまらなかった。岡崎は、右物件の代わりに本件土地建物を購入するように薦め、広告の価格から値引きして合計三八五〇万円で売却すると述べた。

被控訴人らは、手持資金が一五〇〇万円であったが、被控訴人和弘の勤務先会社で若干の財形貯蓄をしていた関係から、五〇〇万円の財形融資を受けられるものと考え、岡崎に対し「五〇〇万円は財形から借りられる。」と述べ、これらで不足する一八五〇万円について住宅ローンを利用したいとの意向を示した(被控訴人らには、ほかに資金調達のめどはなかった。)。そこで、岡崎は部下の金井に一八五〇万円を銀行の住宅ローンで借りた場合の返済額について一般に利用されている償還表に基づいて試算させ、被控訴人和弘が七〇歳に達するまでの二二年返済として、一か月当たりの返済額は約七万円、ボーナス受給時の返済額は約三〇万円となることなどを説明した。被控訴人らは、右の程度の返済金額であれば返済が可能であると考え、岡崎らに案内されて現地を見た上、本件土地建物を購入することとした。岡崎は、重要事項説明書を作成して、これに基づき所要の重要事項を説明したが、本件土地建物の面積については、実際の面積を示して説明し、また、住宅ローンによって支払う予定の一八五〇万円については富士、三井又は東海の三銀行のいずれかに融資の斡旋をすることも説明した。岡崎は被控訴人らに右重要事項説明書と売買契約書を示して、これらに署名捺印を求めたところ、被控訴人らは印鑑を所持していなかったので、これらに署名指印した。右契約書にも、売買物件として、本件土地建物が実際の面積で表示されていたほか、売買代金三八五〇万円の支払方法として、手付金七七〇万円、同年一二月五日に七三〇万円、昭和六三年一月三〇日に五〇〇万円を支払い、残金一八五〇万円は控訴人の指定する金融機関から借り入れて同年二月二七日に決済する旨記載されていた。

その後、被控訴人らは帰宅したが、控訴人の金井が同行して、右重要事項説明書及び売買契約書に被控訴人らの捺印をしてもらった。同月二四日、被控訴人らは控訴人に手付金七七〇万円と中間金の一部として二〇〇万円を支払い、売買契約書を受け取った。

ところが、被控訴人らは、その後、被控訴人和弘の勤務先の会社で尋ねたところ、本件土地建物は所定の融資要件を欠くため予定した五〇〇万円の財形融資は受けられないことを知り(この点につき、被控訴人和弘は、中古住宅は融資を受けられないといわれた旨供述するが、中古住宅も融資対象となり得ることは明らかである。中古一戸建住宅の場合は、土地の面積が一〇〇平方メートル以上であることが融資要件とされており、本件土地建物はこの要件を欠いたものと推測される。)、また、前記三銀行の説明でも、一八五〇万円の住宅ローンは可能であるが、二三五〇万円のローンということであれば、年収額や返済期間等の関係から融資は不可能であることが判明した。

そこで、被控訴人らは、売買契約をとりやめたいと考え、本件訴訟を提起するに至った。なお、前記中間金の一部として支払った二〇〇万円については、後日返還を受けた。

以上の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

三  被控訴人らは、本件売買契約は錯誤により無効であると主張するので、検討する。

1  本件土地建物の面積に関する錯誤の主張について

前記のとおり、本件チラシには、本件土地建物の面積が実際より過大に記載されていたが、被控訴人らは売買会場で岡崎から薦められて初めて本件土地建物に関心を持ち、本件売買契約を締結するに至ったものであり、契約に当たっては、岡崎から本件土地建物の実際の面積を説明され、その旨を記載した重要事項説明書の交付を受けた上、契約書にも実際の面積が記載されていた事実に照らすと、被控訴人らが本件土地建物の面積を本件チラシの記載のとおりと誤信したとの被控訴人らの供述はたやすく信用することができない。他に右主張の錯誤があったことを認めるべき証拠はない。

2  売買代金の調達方法等に関する錯誤の主張について

(一)  前記認定のとおり、被控訴人らは、本件土地建物の購入について五〇〇万円の財形融資を利用できるものと考え、これを前提に、控訴人の斡旋する銀行から一八五〇万円の住宅ローンを受けて、売買代金を支払う予定であったところ、契約直後に財形融資を受けられないことが判明し、また、銀行からも一八五〇万円以上の住宅ローンを受けることはできないことが判明したものである。資金的余裕のほとんどない被控訴人らにとって、財形融資を断られたことが重大な見込み違いであったことは明らかである。他方、控訴人としても、担当者の岡崎や金井が被控訴人らから右の売買代金支払計画を聞いており、財形融資と銀行の住宅ローンが予定どおり実現しなければ被控訴人らの代金支払が不能若しくは著しく困難になることは十分理解して本件売買契約を締結したものと推認される。

このような契約締結の際の当事者双方の認識内容から考えると、契約締結に当たり、財形融資を受けられないときは購入しないとか、あるいは、その分を上乗せした二三五〇万円の住宅ローンが条件であるといった明確な意思表示がされなくても、本件土地建物につき財形融資がつくことは双方とも当然の前提としたところであり、本件売買契約の要素となっていたと認めるのが相当である。

したがって、被控訴人らが予定した財形融資を受けられなかったことは、被控訴人らにとって本件売買契約の要素に錯誤があったことになるというべきである。

(二)  そこで、右錯誤につき被控訴人らの重大な過失の有無を検討する。

被控訴人らは、資金の余裕がない状態で財形融資を頼りに本件土地建物を購入するのであるから、本件土地建物が財形融資の要件に適合しているか否かについて信頼できる確認を得た上で契約を締結するか、さもなければ、事後に融資不能が判明したときの解約権を留保するなどして契約を締結すべきであったと一応いうことができる。被控訴人らが財形融資を利用可能なものと即断して慌ただしく契約締結に踏み切ったのは、軽率というほかなく、その過失は否定できない。

しかし、控訴人は、不動産業者として、財形融資や住宅ローンのことについては通常の売主よりは精通しているものであり、また、被控訴人らの財形融資への依存度や、本件土地建物に対する財形融資の審査・判定が後日になることも知っていたと認められる。これに加え、本件においては、本件チラシに記載された本件土地建物の面積ならば財形融資の対象となり得るのに、実際の面積ではわずかながら融資要件を欠くという微妙な事情も存するようである。控訴人は、みずからが財形融資に直接関与する立場にあったわけではないけれども、被控訴人側にとっての財形融資の重要性を知っていた売主業者としては、その点に関する説明ないし後見的配慮に欠けるところがなかったとは到底いいがたい。

これらの諸事情その他前認定の経過を総合して判断すると、被控訴人らの錯誤についての前記過失はいまだ重大な過失には当たらないと認めるべきである。

したがって、本件売買契約は要素の錯誤により無効というべきである。

四  そうすると、被控訴人は、本件売買契約に基づき控訴人に支払った手付金七七〇万円につき、不当利得としてその返還を請求することができるから、右七七〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和六二年一二月二七日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める被控訴人らの本件請求は、正当としてこれを認容すべきである。

右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 岩井俊 小林正明)

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